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Word of Life Tokyo Blog

東京いのちの言葉のブログ

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2つのタイプの人
October 14, 2020

2つのタイプの人

ジェフター Jefter

ヨハネ3:5,6 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。 イエスキリストは天の御国にアクセスできるように、秘訣を教えてくださいました。それは生まれ変わるということです。 「生まれ変わり」という言葉を初めて聞くと、どういうことなのか、様々なことを考えると思います。 イエスキリストと話していた宗教家のニコデモさえも、「生まれ変わり」が何のことなのかはっきり分かりませんでした。 しかし、イエスキリストの説明を通して大切な啓示を掴むことができます。 その啓示とは肉によって生まれた人と御霊によって生まれた人の2つのタイプの人がいることでした。その二つの違いを理解することで、聖書の解釈だけではなく、私たちの人生様式にも変化をもたらします。 まず、肉によって生まれた人は、永遠の命を得ていない、自然の人のことを指しています。別に、ある宗教に属しているからと言って、永遠の命を持っているわけではありません。それは肉によって生まれる人は普通の人で、霊的なことが理解ができないからです。 Iコリント2:14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。 また、肉によって生まれた人は自分の視覚が行く範囲まで、または、自分の持っている知識の限りまで、生きようとしています。もし、あることが自分の知識の範囲を超える場合はそれを信じないようにします。だからといって、全てを理解しているわけではありません。ただ、そういう人は感覚によって生きるのです。なので、自分が肉体上で体験したことであり、感覚で確かめることができれば、信じることにしています。 しかし、御霊によって生まれた人は神様の命をもち、霊によって生きます。なので、霊的な人は霊的なことを理解することができます。 Iコリント2:12 ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。 ニコデモは宗教家だったにもかかわらず、霊的なことを理解することができませんでした。それは自分がまだ御霊によって生まれていなかったためです。 ヨハネ3:4,9-10 ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。」…ニコデモは答えて言った。「どうして、そのようなことがありうるのでしょう。」イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こういうことがわからないのですか。 同じように、現在も教会の中で、教会に通っているが、まだ御霊によって生まれ変わっていない人がいます。例えば、自分は、牧師の息子なので、生まれてからいつも教会に通い、教会で育てられたが、心からイエス様を主として告白していないため、まだ御霊によって生まれ変わっていない人もいます。その人達は、教会の活動に参加して、また、教会の人たちのように、クリスチャンらしい話し方をしても、霊的なことは深く理解できないし、神様と真の関係を持っていないのです。牧師の息子であり、教会で育てられたため、御霊によって生まれたと勘違いし、だまされています。 御霊によって生まれた人と肉によって生まれた人との生活様式の大きな違いは信仰です。肉によって生まれた人は、上に挙げたように、感覚によって生きるのです。しかし、御霊によって生まれた人は信仰によって生きるのです。 IIコリント5:7 […]

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無条件の愛
October 7, 2020

無条件の愛

まさみ Massami

あなたは神様にとってかけがえのない存在だということをご存知でしょうか? 神様は私たち一人ひとりのことを知っており、愛してくれています。 何よりも高い価値をつけて、私たちのことを決して諦めず、いつでもそばにいてくれるお方です。 そして、神様が愛してくれていることによって、私達は、いつまでも幸せでいられるという確信を持つことが出来ます。 ヨハネの手紙Ⅰ‬ ‭4:16‬ 「私たちは、自分がどんなに神に愛されているか知っています。現に、神の愛を身近に感じ、また、私たちを心から愛すると言われた神を信じているのです。神は愛です。愛のうちに生きる人は神と共に生きるのであり、神もまた、その人のうちに生きておられるのです。」 ‭‭  しかし、このように素晴らしい神が存在し、私たち一人ひとりを愛しているのに、その事実を知らない人たちはどうでしょうか。 最近のニュースを見てみると、日本は現在、社会的な問題として、自殺や孤独死などが増加しています。 日本の自殺率は先進国で最も高く、全世代で1日70人近くが追いつめられ、亡くなっています。 「自分がいなくても」という喪失感から始まり、生きる力を失ってしまう人がいるのです。 日本は先進国で恵まれているのに、なぜそんなにも不幸に感じている人が多いのかと疑問を感じる人が多いかもしれませんが、それは、先進国だからといって、必ずしも幸せだとは限らないからです。 どんなに地位やお金、名誉があっても幸せにはなれません。 私たちが幸せになる唯一の方法、それは神の愛を知ることです。 自分はいてもいなくても変わらなかったんじゃないかと思っている人はたくさんいると思います。 「この世に自分は本当に必要なのか。」「自分はいてももいなくてもどっちでも良かったんじゃないか」「必要としてない存在なんじゃないか。」このような考えを持っている人がいると思います。 しかし、それは違います。 あなたはいてもいなくてもいい存在なんかじゃありません。 なぜかというと、あなたのために天から降りて、すべてを捨てて、あなたをあきらめないで、救ってくれた人がいるからです。 […]

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Is There Not a Cause?
September 30, 2020

Is There Not a Cause?

Tony Cooke (英語版/English Version)

I recently had the thought, “ISIS has a purpose. Ebola has a purpose. Do believers have a purpose?” Clearly, ISIS and Ebola […]

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ただ一言いっただけではありませんか?
September 30, 2020September 30, 2020

ただ一言いっただけではありませんか?

トニー・クック(日本語版)

私は最近、「ISIS(アイシス)には目的があり、エボラにも目的があります。では、信者には目的がありますか?」と考え直しました。明らかに、ISISとエボラには死と破壊をもたらす目的があり、私たちは両方とも世界で塩と光であるという聖なる召しを持っています、そして私たちは地球上で最も決意を持ち、熱心で、目的のある人々であるべきだと信じています。 これは、教会が受け身になったり、休止状態、または臆病になる時ではありません。私たちの周りの世界のシステムの衰退を嘆く代わりに、神の御言葉は私たちに次のように忠告します。「すべてのことを、つぶやかず疑わないでしなさい。 それは、あなたがたが責められるところのない純真な者となり、曲った邪悪な時代のただ中にあって、傷のない神の子となるためである。あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。 」(ピリピ2:14-15) 一部の信者は確かに燃えていることを知っていますが、私は最近、主に尋ねました。「教会の世界がその無気力と自己満足から目覚め、信者が自分の利己心から解放されるには何が必要でしょうか。「私達がどんな目的を持って生まれてきたか?」という情熱的で説得力のある目的で燃やされるようになりますか?」 これを熟考する中で、私は歴史を通してさまざまな霊的なリーダーの心に燃えた神聖な火を思い出しました。人間の出来事の過程に根本的に影響を与えたのは、神の召しと運命の感覚に燃え上がった個人でした。こんな聖なる目覚めがまたありますように!私たちは、「形だけ行う」または「通常通り」のことが、教会から見る必要のある結果を生み出さない時代にいます。 ダビデ ダビデの日、私たちは「…ペリシテびとの陣から、ガテのゴリアテという名の、戦いをいどむ者が出てきた。」と読みました(サムエル記上17:4)。地獄には常にチャンピオンがいて、私たちの時代にも霊的な邪悪さが醜い頭を上げているのが見えます。他の人が恐れを抱きながら、ダビデは自信を持って立ち上がった。彼は積極的な信仰のために兄弟たちから批判されたとき、「僕が何をしたっていうんです? ちょっと尋ねただけじゃありませんか。」と言いました (サムエル記上17:29)ダビデの文字通りの声明は、「それは御言葉ではないのですか?」でした。おそらく、一部のコメンテーターが示唆しているように、ダビデは単に質問をしているだけだと言っていたのでしょう。しかし、ダビデが実際に彼の人生で重要な目的(または原因)を持っていたことは明らかであり、彼は神の言葉によって根本的に力を与えられていました。神はダビデに契約に基づく信仰を生み、それはダビデを神のために大いなる手柄をするように駆り立てました。 エレミヤ ユダに対する彼の重荷は非常に大きかったので、エレミヤは「涙の預言者」と呼ばれました。彼はバビロニア人によるエルサレムの征服に至るまでの数年間、預言しました。重く迫害されたエレミヤは(20:9、口語訳)、もしわたしが、「主のことは、重ねて言わない、このうえその名によって語る事はしない」と言えば、主の言葉がわたしの心にあって、燃える火のわが骨のうちに閉じこめられているようで、それを押えるのに疲れはてて、耐えることができません。」説教者として、私たちは何かを言わなければならないので説教壇に上がるのではなく、何かを言う必要があるから上がるべきです。エレミヤは神の心と思いから鋭い言葉を話しました…それらは祭壇からの生きた炭でした。 ネヘミヤ ネヘミヤはペルシャの王アルタクセルクセスの政権において立派な地位を占めていましたが、神は彼に対してより大きな任務を負っていました。エルサレムが破壊されてから何年も経った後、彼は、エルサレムが再定住しているときに最近街に行った人たちに出会いました。ネヘミヤ1:2-4(口語訳)は、次のように述べています。「…捕囚の地からエルサレムに戻った人々は元気にやっていますか。実は、大変な目に会っています。城壁はくずされたまま、門も焼き払われたままです。 私はそれを聞いて、座りこんで泣きました。そしてそれから何日も断食して、天の神にひたすら祈り続けました。」壊れた壁を再建することはネヘミヤにとって良い考えではありませんでした。それは神の考えでした!それらの壁の再建に対する切望、燃えるような欲求は、彼の存在そのものの構造の一部になりました。 使徒たち ペテロとヨハネがイエスの名によってこれ以上話さないように脅されたとき、彼らは「私たちは、イエスの行われたことやお話しになったことを、知らせないわけにはいきません。」(使徒行伝4:20)と答えました。そのような大胆さはどこから来たのでしょうか? 彼らは世界によって自己満足に流されませんでした。彼らはこの世界が提供しなければならないものには何の関心もありませんでした。 A.W.トザーは次のように書いています。「初代教会はキリストに驚いていました。彼は彼らを眩惑させ、彼らがキリストを越えることができないほどの驚きの感情を起こさせました。彼らが話していたのはキリストだけでした。彼らが考えたのは、朝から晩まで、キリストだけでした。キリストは彼らの生きる唯一の理由であり、彼らは彼のために死ぬことをいとわなかったのです。」 パウロ 彼の回心の前に、タルソのサウロはクリスチャンを破壊するという彼の決意に貪欲でした。彼の人生が主イエスによって変えられたとき、それらの破壊的な欲求は聖なる野心と神聖な決意によって置き換えられました。彼の関与については、カジュアルでもリラックスしたものでもありませんでした。 パウロは100%関わっていました! 彼がイエスを知らなかった彼自身の人種の人々について話したとき、彼の奉献ははっきりと見ることができます。 彼はこのように言い​​ました。「私の同胞であるイスラエルの人々、同国人であるユダヤ人の人たちがキリストのもとに来ることを、私はどんなに望んでいるでしょう。昼も夜も、彼らのことで心は重く、悲しみのあまり、胸も張り裂けんばかりです。彼らがキリストによって救われるためなら、私は永遠にのろわれてもかまいません。むしろ、のろわれたいくらいです。口先だけでこう言っているのでないことは、キリストも聖霊もご存じです。」(ローマ9:1-3) 今日、そのような言葉はどこで聞くことができますか? 彼らと彼らの愛する人が救われる限り、何人の人々が満足していますか? 誰が迷子を求めて叫んでいますか? ジョンノックス スコットランドを代表する改革者は、かつて庭にひざまずいて祈っていました。 「神様、スコットランドをください、さもないと私は死にます」と叫んでいるのを他の人がふと聞きました。彼は大胆に福音を宣べ伝え、国を変えました。ノックスが亡くなったとき、スコットランドの王は「ここに、人の顔を恐れたことのない男性がいます」と言いました。先程引用したトザーも、次のように述べています。「過去の聖なる男性と女性の近くに来ると、すぐに神の後に彼らの欲望の熱を感じるでしょう。彼らは彼を嘆き、祈り、全力で戦い、昼も夜も、季節も季節外れも彼を求めました。そして彼らが彼を見つけたとき、その発見は長い間求めていたときより甘かったです。」 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア 偉大な市民権の指導者は、次のように述べています。「彼らがあなたを殺そうとしても、あなたは、死ぬ価値があるほど貴重なものもあれば、永遠に真実なものもあるという内なる確信を育みます。 そして、死ぬための何かを発見することに失敗した人は、生きるのに適していません!」 マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは「オールイン」でした。 砂に線が引かれ、彼はそれを横切った。 燃えるようなビジョンが彼を支配し、彼を導き、恐ろしい反対に直面して前進することを彼に強いました。  […]

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主に待ち望む
September 23, 2020

主に待ち望む

夕貴 Yuki

私たちの日々の生活はやることに追われています。 起きて、仕事をし、家に帰ってからは家事や子育て、明日の用意をして寝る。そのような毎日を送っている人が多いと思います。 同時にたくさんのことをやり、会社や学校での課題があり、責任をがあります。 それによって、頭の中は「次、何をやるべきか」「どうしたらいい?」「どうして問題が早く解決されないの?」そんな疑問や心配でいっぱいになってしまっています。 あれやこれやといろんなことに手を出してしまって、結局全部自分で背負ってしまう、何かしていないと落ち着かない。そんなこともあると思います。 教会でも、ある人は神様がその人に導いていないことも「私がやらなきゃ」と思ってやり、責任を負います。そして、体や心が疲れきってしまいます。 家族、仕事、社会の中でやるべきことはありますが、神様は体に支障がでるまでやる事を与えません。なぜかというと彼は良いお父さんだからです。 それはお父さんが子供に持ってる人生のモデルではありません。 みなさんは、この地の創造主である永遠の神は疲れたり、弱ったりしないことをご存知でしたか?それは私たちの理解をはるかに超えるものです。 ‭‭イザヤ書‬ ‭40:28-29‬ ‭ 「まだわからないのですか。 全世界を造った永遠の神は、 決して疲れたり、衰弱したりしません。 神の知恵の深さを推し測ることができる者は、 一人もいません。 神は疲れた者に力を、弱い者に活力を与えます。」 私たちの神はクリスチャンのエネルギーの源です。源は常に湧き出ていて、途絶えたりすることがありません。そしてそれを皆に分け与えてくれています。 私たちがエネルギーが足りなくなっても神様からもらうことができます。 […]

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Ready for marriage
September 23, 2020

Ready for marriage

たみえ Tamie

All of us want to be loved. We want to find someone to share our lives with. And there is […]

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信じる人の権威②
September 9, 2020September 9, 2020

信じる人の権威②

ひき Hicky

信者はイエスが買い戻した権威を理解する必要があります。権威を受け入れ、日常生活で使うべきです。イエスが行った事に焦点を向けましょう。イエスはこの地で神様の御心を行い、十字架で死なれました。 しかし、神様はイエスを死から復活されたのです。私達はイエスを受け入れる前は神様から離れてしまっている状態であったため、霊的に死んでいました。私達がイエスを信じて受け入れた後、私達の霊は新しくなりました。私達の地位はイエスによって遥かに良い場所になります。 聖書ではこのように書かれています。 エペソ人への手紙‬ ‭2:4-6「しかし神は、なんとあわれみに満ちたお方でしょう。こんな私たちを深く愛してくださって、 罪のために霊的に死に果て、滅びる定めにあった私たちを、キリストの復活と共に生かしてくださいました。救われる価値などない私たちに、ただ一方的な恵みが注がれたのです。 そして、キリストと共に、私たちを墓の中から栄光へと引き上げ、キリストと共に席に着かせてくださいました。」 神様は私達をキリストと共に復活されました。私達は今、キリストと一緒に座っています。そこは私達に与えられた最高の場所です。十字架という言葉を聞くと、多くの信者はイエスが死なれた場所を想像します。十字架に焦点を置くことは大切なことですが、多くのクリスチャンは十字架に留まって、そこばかり見ています。 しかし、そこにずっと留まったままでいるべきではありません。何故なら、イエスはただ十字架で死んで終わりではなかったからです。彼は復活されました!今も生きておられます!彼は死に打ち勝ってよみがえられました! 私たちも霊的に死んでいましたが、キリストと一緒に復活しました。私たちは彼と一緒に座っています! 今この時、私たちはまさにそこにいるんです。聖書にもそのことが書れています。 エペソ人への手紙‬ ‭2:6‬ 「そして、キリストと共に、私たちを墓の中から栄光へと引き上げ、キリストと共に席に着かせてくださいました。」 エペソ人への手紙‬ ‭1:20-23‬ 「この同じ偉大な力が、キリストを死者の中から復活させ、ほかのどんな王、支配者、権力者、指導者よりもはるかに高い、天の神の右の座につかせたのです。このキリストの栄誉は、この世だけでなく、次に来る世でも、他のすべてにはるかにまさって輝かしいものです。そして神は、すべてをキリストの足の下に従わせ、キリストを教会の最高のかしらとされました。 ですから教会は、キリストの体であって、すべてを造り、すべてを満たすキリストの霊が満ちあふれるところです。」 私たちは栄光によって引き上げられました。私達は、神様から離れていて、暗闇の中でさまよっていた所から栄光に引き上げられ、どんなものよりも高い天の神の右の席にいます。私たちは天上の、権威の所にキリストと一緒に座っています。神様は私達にイエスを通して権威をお与えになりました。他に、聖書では、神様は私達を王と司祭にしたと書かれています。 ヨハネの黙示録‬ […]

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No One Can Do It Alone
September 2, 2020September 1, 2020

No One Can Do It Alone

Tony Cooke (英語版/English Version)

In the lobby of Good News Church in Moscow, there is a large plaque expressing gratitude to the partners who […]

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誰も1人ではできない
September 2, 2020September 2, 2020

誰も1人ではできない

トニー・クック(日本語版)

モスクワにあるGood News教会の入り口には、その素晴らしい施設の実現を助けてくれたパートナーに感謝の気持ちを表す大きな看板があります。 前回の訪問中、建物に出入りするたびに、リックレナーさんは立ち止まり、その看板に手を置いていました。 彼はパートナーのために神に短い感謝をし、神が彼らを祝福するように祈りました。 私はあなたの行動に感銘を受け、感動しました。 その姿は他の人の優しさを決して無視しないことを思い出させてくれました。牧師であろうとなかろうと、私たち全員が他者の努力の影響を強く受けているのが現実です。 私たちは、私たちが食べる物を植える農夫、私たちの家を建て、また運転する道で働いた人々、そして私たちと知識を共有してくれた教師から恩恵を受けています。 アルベルト アインシュタインは、「一日に幾度となく、私は実感する。私自身の外的・内的生活がいかに多く、現在や過去の同胞の努力の上に築かれているかということを。また、自分が受けただけの恩義を返すためには、いかに真剣に努力しなければならないかということを。」と述べました。 同じように、アイザック ニュートンは「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからだ」と言ったそうです。 私たちは皆、他者の貢献の恩恵を受けています。 私たちは感謝し、他者の利益を追求するべきです。 これらのことを振り返っている間、私は何年にもわたって私を助けてくれた人々を思い出しました。そのリストは無限に思えます:例を挙げると、両親、教師、霊的なリーダー、コーチ、友人など。 また、奉仕の機会を与えてくれたリーダーや、模範を示し続けている同僚、会衆で奉仕する特権を与えてくれた牧師の方々、そして私たちが今していることを可能にさせるために私とリサを支援してくれるパートナーたちをも思いました。 私たちは皆、感謝しなければならないことがたくさんあります。私たちが信頼し、励まし、助け合えるように、神は家族全員を本当に計画されたことを知っています。リックさんがパートナーのために短い祈りをしているのを見ていたとき、全ての教会はメンバーの忠実な関与と彼らの参加によって存在することを思い出しました。 それは、人々が共に働き、共に寄付し、一緒に祈り、共に奉仕することによって、物事が起こるのです。 私はイエス自身の働きをも思い出しました。彼は一人ですべてをしたわけではありませんでした! もちろん、彼には御父と聖霊の超自然的な存在があり、「子は自分から何もできないが、父がしていることを見て、同じようにするしかできない」(ヨハネ5:19)という断言で完全に拠り所にしていることを認めました。 しかし、イエスが超自然の中で助けがあっただけでなく、彼は自然の次元でもすばらしい助けがありました。イエスの宣教がどのように資金提供を受けていたか考えたことがありますか? […]

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神様が愛する人に準備してくれたもの
August 19, 2020August 18, 2020

神様が愛する人に準備してくれたもの

ジェフター Jefter

1コリ 2:9 まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」 あなたの好きな聖書箇所は何でしょうか。多くの人は第一コリント2章9節が好きだと答えるかもしれません。その聖書箇所をもって作曲された賛美もたくさんあります。私がニュークリスチャンの頃、それをよく聞き、「素晴らしいな」と思って、神様は偉大な方と実感していました。素晴らしいと思いませんか。神様は愛する人のためになんて素敵なことを準備してくれたのでしょうか。神様は偉大で完全に良いお方なので、私たちのために備えてくれたことは必ず最高なものと確信しています。 ところが、その聖書箇所には問題があります。決して聖書箇所自体が間違っているわけではなく、多くの信者は9節ばかりを引用し、その前後の箇所で言っていることを注意していないからです。もちろん、このブログでは第一コリント2章全体、そして、第一コリントの背景について全ては語り切れません。2章だけでも大切なことがたくさんあり、それについて本を書くこともできると思います。しかし、今回は9節をもってあることを気づいてほしいと思います。 第一コリント2章7,8節によると、隠された奥義や神の知恵などが語られてます。正直にいうと、多くの人はそれを理解しないため、その部分を無視してしまっているのだと思います。しかし、今回は9節をさらに深く理解するために第一コリント2章全体を読むことを強くお薦めします。 1コリ 2:7-8 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。 その聖書箇所に出てくる「支配者」は悪魔と悪霊のことを指しています。もし、彼らがイエスキリストの死と復活の結果を知っていれば、イエスキリストを十字架にかけていなかったはずです。なぜなら、主イエスのいけにえのおかげで、今イエスキリストだけでなく、生まれ変わりを通してイエスキリストを信じる人も同じ聖霊を宿るようになり、聖霊の宿る宮になったからです。 要するに、悪魔は以前イエスキリストだけと立ち向かおうとしていましたが、今はキリストにあって数えきれない程の多くの生まれ変わった人たちと立ち向かわなければならなくなったということです。サタンはどれほど後悔しているでしょう。 使徒パウロが言った「隠された奥義」というのは教会のことです。誰もキリストの体である教会が現れることを予想していませんでした。旧約聖書の中で、教会のことについてのはっきりした預言もありませんでした。預言者たちにとっても奥義でした。神様はわざと誰にも自分があらかじめ定めたものを教えていませんでした。それは誰も神様の計画を妨害することがないためでした。神様はご自身と同じ性質を持ち、聖霊が宿る新しい人間を造ったということです。表面的に見ると、クリスチャンはこの世の人たちと変わりがないように見えますが、内面的に見れば大きな変化が起こりました。その人たちの性質が変わっただけではなく、イエスキリストと同様に聖霊の力も宿るようになりました。 では、今、とても深くて啓示のあることをお教えしたいと思います。9節の次に10節が来ることを知っていましたか。別にあなたをからかっているつもりはありませんが、多くのクリスチャンは9節ばかりに焦点を当て、感情的になり、その次に来る10節が見えなくなっています。 1コリ 2:10 神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。 ゆっくり読みましたか。9節に語られている、神様が私たちのために準備してくれたことは、聖霊によって私たちに啓示されたと10節に書いてあります。「啓示された」が過去形であることに注意してほしいです。つまり、これから啓示されるのではなく、御霊によって既に啓示されたとパウロは教えています。これは本当に素晴らしいことだと思います。様々な人はまだ啓示されると思っていますが、私たちには実際に悟らせています。なぜそれは大切なのかというと、私たちは聖霊の交わりを通して神様を深く知ることができるのに、9節ばかりに焦点を当てているばかり、10節に教えられている神様との深い関係を無視してしまっています。”御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです”。私たちは御霊によって神様の奥義を啓示されています。 もし第一コリント2章10節から読めばどれほど深くて強い交わりを私たちは神様とできるかが分かるでしょう。 1コリ 2:11-12 […]

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