全世界は今、非常に大変な状況に直面しています。テレビをつけるとコロナに関するニュースばかり放送しています。今のイタリアやスペインの状況を見る度に心が痛みます。結局、頭が恐ろしいニュースでいっぱいになり、自分も伝染病に移ってしまうのではないかと恐れてしまいます。 そんな状況を見るとき、昔、イスラエルの民に起こった話を思い出しました。それは、十の災いという実話です。当時、エジプトで奴隷とされたイスラエルの民は神様の選ばれた国で、自由にされる直前、エジプトの不従順のせいで、十の災いにあいました。神様はエジプトのパロに神様の民であるイスラエル人を自由にしなさいという命令を出しました。十の災いはなんて恐ろしい体験だったでしょう。しかし、イスラエルは神の選ばれた民なので、神様に守られ、災いに影響されませんでした。しかし、このような状況下にいたので、恐ろしい光景を生で見ていました。 最後の災いとして、神様はイスラエルの民にある指示を与えました。この時代、いけにえの習慣は普通だったので、子羊の血を取り、「その血を家々の戸口の両わきの柱とかもいに塗る。血は、その家で食べる子羊のものを使うこと。」(出エジプト12:7‐リビングバイブル)それから、家で家族全員が子羊を焼いて食べました。その夜はとても怖い夜で、家族全員が自粛をし、恐れに囲まれていた状態だったが、まだ見えない自由を宣言しました。 家の両わきの柱と、かもいに血が塗られた家は、その夜神様に守られましたが、血が塗られていなかった家々には死が入り、その家族たちの長男を殺しました。その後で、やっと当時エジプトを収めたパロが悔い改め、神様の民を奴隷制度から解放し自由にさせました。 これは、ユダヤ教の中で過越し祭として知られており、神様が自分の民を守って解放されたという記念日です。 今月、過越祭がお祝いされますが、現在、過越祭はさらに深い意味を持たれていると思います。ちなみに過越祭は現在、イースターとしてよく知られています。西洋の方では、よくお祝いされていますが、日本ではほとんど知られていない祭りです。 先程のお話に出てきた、羊の血は、神様との契約と意味があり、子羊の血を塗られた家にいる家族は、「私たちは神様の者です」と宣言していることになり、彼らが神様を信じて信頼していたことの証です。神様はそれを見て、彼らが信頼し、全てをささげているので、神様は自分の民を守って解放しました。 それを理解するとき、過越しの意味をさらに深く理解できると思います。イエスキリストがユダヤ人であり、ちょうど過越祭の時に、十字架につけられました。聖書にはこのように書かれています。 1コリ 5:7 私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。 要するに、イエスキリストが十字架で死んだのは私たちのためです。 これを聞いて、「えっ!?これらの話は、最初に挙げた今日のニュースやコロナと何の関係があるの?」と疑問に思うかもしれませんが、私にとって全てが関連していると思います。恐ろしいことが起こっている今だからこそ、あなたに励ましたいです。あなたの信仰を奪われてはいけません! イエスキリストの血を自分の心に塗っている人たちは全員救われます。今年の過越祭、つまり、イースターは4月12日にお祝いされます。イスラエルの民のように、私たちも大変な状況の中にいますが、先程の話を思い出してください、自分の家を羊の血を塗った人たちは、家族全員が守られ、無事食事をしていました。 なので、神様と契約を持っている人、すなわち、神の羊であるイエスキリストを受け入れた人たちは、守られています。聖書にある全ての守りの約束は私たちにも当てはまるのです。安心してください。もうすぐイースターが来ます。私たちの神の子羊であるイエスキリストは自分の民を迎えに来ます。 もしあなたがまだ、自分の心に神の子羊の血を塗っていなくて、これからは神様との関係を持っていきたいと思うなら、今、自分の口でこの簡単な祈りをすれば、イエス様はあなたと食事することができます。イエスキリストはそう約束したからです。 一緒に祈りましょう。 イエス様、 あなたは、神様の民を救うために来た神の羊であること信じます。 私の心に入ってきてください。 私の主と救い主となってください。 […]
A Brief Letter About Love
Dear you, I came here today to share with you some thoughts about a very common word – LOVE. Everybody […]
最高の時間の使い方
みなさんこんにちは。コロナのニュースばかりですが、気持ちを明るく持って行きましょう。 きっと今の時期は在宅ワークを行っている人や、自宅待機をしている人が多いと思います。 私もその1人です。 在宅ワークをすると、今までとの生活リズムと少し変わってきます。中には在宅ワークをするのが辛いという話も聞きます。 今日はそんなみなさんに、在宅での最高の時間の使い方をお話ししたいと思います。 聖書は、時間の使い方についても教えています。時間はみんなに平等で、1日24時間です。その24時間をどのように使うかが大切で、プレッシャーに追われるのではなく、有意義に時間使うべきです。 詩篇118:24 これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ、喜ぼう。 ここでわかるように、神様は私たちに期待と喜びに満ち溢れた1日を過ごしてほしいと願っています。 今日という日は当たり前ではなく、神様から与えられたプレゼントです。それをどのように管理していくかの任務を私たちに与えました。 最高の時間の使い方を3つのポイントからシェアしたいと思います。 ① 良い1日のスタートを切る マルコ1:35 さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、人気のない所に行って祈られました。 イエスは、弟子達と一緒に神様の言葉を教えるために様々なところへ行っていました。あらゆる所でイエスは教え、病人を癒し、解放させました。 どうしてこのことがいつも起きてたのでしょうか。またイエスのエネルギーはどこから来てたのでしょうか。 それは、上の箇所に書いてある通り、イエスは何かを始める前にまず祈っていました。祈りというのは、神様と話すことです。イエスはそうすることで神様から導きもらっていました。 中には、「私は昼か夜に祈ります」という人もいると思います。もちろん最高です。 しかし、朝の「忙しい、時間のない、早く」の口癖を「神様、今日という日をありがとう。今日も最高で祝福されたの1日となるように導いてください。」に変えることでもっといいスタートができます。 […]
怠け者のクリスチャン
私たちは、クリスチャンとして、信仰に生きるために召されました。 ロマ 1:16-17 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。 「福音は神の力」と、読むと心が踊り、楽しくてたまりません。しかも、それは、日本人であってもなくても、あなたが福音を信じるなら、神様のみことばの力を体験することができます。もちろん、救いだけでなく、日常生活で、信仰によって神の力を燃え立たせることができます。聖書では「福音のうちには神様の義が啓示されている」と書かれています。それは、あなたが信仰を実行しながら霊的に成長して進んで行くからです。 信仰なしでは、私たちは神様を喜ばせることすらできません(へブ11:6)。信仰は私たちのライフスタイルなので、聖書では「義人は信仰によって生きる」と4回も堅く提示されています。(ハバ2:4;ロマ1:17;ガラ3:11;へブ10:38) では、どうすれば信仰によって生きられるのかという疑問が出てくるかもしれません。その答えを、簡単に言うと、ロマ1:16が教えている通り、福音を信じれば良いのです。つまり、神様のみことばを信じれば信仰によって生きることになります。 しかし、残念ながら、多くのクリスチャンは信仰によって歩んでいるどころか、ほとんどが肉体的に歩んでいます。 要するに、この世の人のように普通に生きていて、自分は霊的な者だという認識さえもしていません。責めるような表現に聞こえるかもしれませんが、私はそのようなクリスチャンを「怠け者のクリスチャン」と呼びます。なぜそう呼ぶかというと、彼らは信仰を実行する努力したくないからです。 イエスキリストの弟子たちも同じように、たまに怠け者のような態度をとったのでイエスキリストに強く叱られました。 マルコ 4:40 イエスは彼らに言われた。「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」 この話の背景をさらに詳しく理解するために、マコ4:35から5:1まで読むことを勧めますが、今回はある部分だけを深く分析したいと思います。 主イエスは、聖霊様に動かされ、弟子たちに「船で向こう岸に渡ろう」と指示を与えました。しかしながら、主イエスが群衆にたくさんのみことばを教えていたため、途中で疲れて船尾で寝てしまいました。 すると、急に天気が悪くなり、恐ろしい嵐や、大波が起きたため、弟子たちは死にそうだと思って絶望していました。彼らは主イエスを起こすと、主イエスは激しい大雨に強く命じて天気を落ち着かせました。その後、上に挙げたように、弟子たちを叱りました。 その場面から、私たちが理解できるのは、主イエスは、弟子たちがあの激しい状況下で、何かしらの態度をとることを期待していましたが、その期待が満たされなかったことです。 なので、主イエスは不満に思い、弟子たちに「信仰がないのは、どうしたことです」とはっきり話しました。 弟子たちはいつも主イエスの教えを受けて、模範であるイエスの姿勢や振る舞いを見ていたので、信仰が使えるはずなのに、信仰の行動をとらなかったのです。 むしろ、弟子たちは、厚かましく、主イエスがなんとかしてくださるはずだと考えて、主イエスに責められるほど、怠けていました。 […]
Even In The Midst Of Chaos, God Is Still Unchanging
I think we all can agree that the world is getting chaotic. Besides the wars, hunger, growing violence and the […]
つながる
あなたは毎日スマホやタブレットを使いますか? 今やインターネットは私達の人生の必需品です。インターネットがなかったら、連絡や仕事ができなくなります。 インターネットには2つの状態があります。 それは、接続と未接続です。 私達の人生にも接続して繋がっている人もいれば未接続で繋がれない人がいます。 未接続の人: 神様を知らない人、神様を知ってるけど繋げてない人。 接続中の人: 神様と繋がってて、聖書や祈りを通して神様と話したり、神様からメッセージをもらってる人。 神様はインターネットのような存在です。私達が話したいとき、いつでも話すことができて、私達の話(祈り)を聞いて、答えてくれます。 ギガがなくなることもありません。 でもインターネットが切れることがたまにあります。それは神様が遠いからじゃなくて、私達がインターネットがない場所に遠ざかってしまって問題が出て切れてしまいます。 でも、切れてしまっても解決方法があります!もう一回パスワードを入れればつながります。パスワードは….イエスキリストです。 イエスキリストを私達のパスワードどして生きるとき、神様からの愛のメッセージをもらうことができます! イエスは私達と神様を繋げるために地上にきました。 ヨハネの福音書 8:32 あなたがたは真理を知り、その真理があなたがたを自由にするのです」と言いました。 イエスこそ私達の真理です。 ヨハネの福音書 […]
Your Desires Are Important To God
Once, I heard a woman saying that she really wanted to spend her vacation with her family in one specific […]
日々の仕事
多くの会社員は様々な責任がある仕事を任されて、出世したい気持ちが強く、同僚の中で競いや争いがあり、プレッシャーに押し潰されそうになったりしても誰にも相談ができないまま、ストレスや疲労がたまっていき、自殺を決断する人は多いと思います。しかし、それは神が望んでいることではありません。 イエスは腰をおろし、弟子たちを回りに呼び寄せると、「だれでも一番偉くなりたい人は、一番小さい者となり、だれにでも仕える者となりなさい」と教えられました。 マルコの福音書 9:35 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。マタイによる福音書 11:28 もしあなたが仕事や日常生活でもう限界が来ているなら、イエスには安らぎがあります。教会に来てください!教会にはあなたを責めたり、競い合いはないですし、あなたを歓迎します!
金持ちの青年
聖書の中で私にとって心強い聖書箇所があります。マタイ19に金持ちの青年の話が記載されています。その青年はイエスと話して去った後、弟子たちはイエスのところに近づいて興味深い質問をしました。 マタ 19:25 このことばに、弟子たちはすっかり面食らってしまいました。「それなら、この世の中で、救われる人などいるでしょうか。」 それに対して、イエスキリストの返事は心に安らぎをもたらします。 マタ 19:26 イエスは、弟子たちをじっと見つめて言われました。「人間にはできません。だが、神には何でもできます。」 それはとても喜ばしい良いニュースです。私たちは神様を信頼すれば、神様は何でもできるお方なので、神様に救われることを信じることができます。しかし、弟子たちは深く考えていた。一体何があって心配させたのだろうか。そこに注目を弾き寄せます。主イエスとあの青年はどんなことを話したのでしょうか。二人の間に何があったのでしょうか。 マタイ19章16節から30節までその話は記載されています。ある金持ちの青年はイエスに近づいて、永遠の命を得るには、どんな良い行いをすれば良いのかと訪ねていました。質問に対して、イエスは、ユダヤ教に属している人にとって、とても簡単な質問しました。それは、「あなたが十戒を守るのか」ということです。ユダヤ教というと、モーセの立法である十戒は最も有名だと言っても過言ではありません。ですからイエスキリストはいくつかの一般的な法則を引用して、青年は全て肯定的で、自信満々で「はい」と答えました。ところが、十戒の中で、イエスは一つの法則を隠し青年に聞きませんでした。どういう法則だったのでしょうか。 その前に、話を続くと、イエスは青年に全ての財産を売って、その代金を貧しい人に分けて与えなさい。そしてイエス様についてきなさいと命じました。そうすれば、青年は永遠の命を得ることができると、イエス様は明らかにしました。残念ながら、青年はそれを聞くと、大変金持ちだったのでとても落ち込んで主イエスのところを去りました。 それで、主イエスは弟子たちに向かって、金持ちが天国に入るのは、非常に難しいと教え始めました。ですから、それに対して弟子たちが驚いたのです。「それなら、この世の中で、救われる人などいるでしょうか。」と疑問しました。一方で、現代である私たちは、なぜ弟子たちがそんなに驚くのかと不思議だと思うかもしれません。それは、私たちは宗教的に金が悪いなどと教わったため、イエスの教えが当然だと決めつけてしまうからです。 この背景をよく理解するためには、ユダヤ教の持つ考え方の弟子たちがなぜ驚いたのか知る必要があります。まず、理解するべきなところは、イエスキリストが別に金持ちに反対して天国に入るための制限があると教えていないということです。他の聖書箇所を見ると、金持ちでもキリスト教に属し、神様は豊富に対して逆らっていないとわかります。 1テモ 6:17 テモテよ。富んでいる人には、高慢にならないように、そして、すぐになくなるお金に望みをかけないように教えなさい。また、必要なものをいっさい備えて、私たちの人生を楽しませてくださる生ける神を誇りとし、この方だけを信頼するように忠告しなさい。 そして、主イエスについて行くためには、全ての財産を捨てる必要があるという教えは全てのクリスチャンに当てはまるものではありません。なぜかというと、主イエスがそのように命じたのはその青年だけに向けた言葉です。それは、十戒の話の中で隠れていた法則と関係があります。 それから、弟子たちが驚いた理由を理解するためには、こういう風に考えてみましょう。あなたの教会に、ある青年がくるとします。その青年は、働き者で、良い家庭に育てられました。自分の宗教に対して優秀でした。彼を見て、誰でも、その青年は力を尽くして、心から教会の教えを従おうとして、勉強する努力も見られました。それに、とても祝福された人生を送っていました。それは、必ず彼が神様のみこころに従っていた証拠だったので、大変富む人になったと思われていました。ですから、教会の奥さんたちも「もし彼は、私の娘と結婚していればなんて幸せなんだろうか」と夢中になり出来るだけ自分の娘をその青年に紹介しようとしました。 もしかしたら弟子たちもこのような考え方を持っていた可能性があります。特にユダヤ教徒にとって、富むということは神様のみこころにかなっている証拠でした。その青年は、十戒を守ろうという姿勢も見えたし、永遠の命に興味もあったし、とても繁栄な人生を送っていたのに、なぜ天国に入らないのかとびっくりしたでしょう。それだったら、誰が、救われますか。無理でしょう。 人間は努力しても、心の底では悪い気持ちを養うこともあります。ある人は誰かに対して恨みを持つかもしれません。ある人は、誰にも言えない、不品行な思いを持っています。主イエスに出会った青年は、貪欲を隠そうとしました。十戒の中で最後の法則は、貪るなという法則です。ですから聖書はこのように記載されています。 […]
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Have you ever had thoughts like: “I am a failure; nothing changes in my life; “I cannot do anything right”? […]